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卒業生インタビュー|うつくしい景観を守り、自然と共に生きる!岩国へ移住 vol.2

2020年8月28日 卒業生のおたより

早期退職後に新しいチャレンジをされた坂田修作さんへのインタビュー、第二弾!

※第一弾のインタビューはこちら↓
卒業生インタビュー|うつくしい景観を守り、自然と共に生きる!岩国へ移住

 

ちなみに最近、坂田さんが移住先で育てた美味しい自然薯を、マイファームが運営するこだわりのお取り寄せ通販「やっちゃば俱楽部」で販売させて頂きました!


粘りがとても強く滋味溢れる自然薯
※通販でのお取り扱いは終了している可能性があります。

 

今回のインタビューでは、移住をサポートされた「ふるさと回帰センター」にて山口県の移住相談を担当している平尾さんも交えて、移住に至るまでの準備と移住後の暮らしについてより詳しくお話を伺います。

 

岩国に移住された坂田さん

 

事務局

前回のインタビューでは山口県に移住されて今の生活をされるようになったきっかけを教えて頂きましたが、実現に向けて具体的にはどのように活動されたのでしょうか。
 

坂田さん

私は地方創生などに興味があり、今後は地方で一次産業を生業としようと考えていました。
中でも最も興味のあった林業に関して、東京で開催されていた林業フェアに参加したのです。
その中に、転勤で3年間住んだことのあった山口県があったので「林業をやりたいのだけれど、どのようにすれば良いか」と相談しました。
そこで「ぜひ来て欲しい。まずはふるさと回帰支援センターに行って移住の相談をしてください」と言われ、移住相談員の平尾さんを紹介して頂き、会いに行きました。
 

平尾さん

ふるさと回帰支援センターというのは東京都の有楽町駅の前の交通会館にあり、45道府県それぞれの移住相談員に、移住に関して個別の相談ができるようになっています。

当時坂田さんは移住先を山口県と決めていた訳ではなく、2年くらいかけてじっくり色々な窓口で相談したり現地の視察をしたりと調査を重ねられていました。相談窓口には何度か奥様も一緒にいらっしゃっていましたね。
奥様は「私は行かないわ」なんておっしゃっていましたけど(笑)
 

坂田さん

実は妻には早期退職や移住をずっと反対されていて、今でも賛成という訳ではないんです。
私はサラリーマン時代ずっと新規事業を中心に仕事をしてきたのですが、55歳で役職定年を迎えて管理的な仕事に担当が変わり、内部統制の仕事をするようになりました。
しかし、自分は新規事業の仕事をやりたい、中でも社会起業的なことを残りの人生ではやっていきたいという気持ちがどうしても強くなり、東京でサラリーマンをすることはもう耐えられないから辞めさせて欲しいと妻に伝えました。

世間では「嫁ブロック」とも呼ばれているのですが、夫が新しい道に進もうとするのを妻が止めるということは、よくあるみたいですね。
私の場合も妻と折り合いをつけるのは非常に大変でした。
最終的には半ば押し切って許して貰うかたちで、仕事だから行かせて欲しい、仕事のための単身赴任なのだということでこちらに来ています。
 

平尾さん

坂田さんはとても意思がはっきりされていて、積極的に行動されていましたよね。

移住を受け入れる自治体はそれぞれ誘客プランやツアーパッケージを作っていて、地域で抑えるべきポイントはその中に入っているので、相談者さんはそのプランに則って視察されることがほとんどです。
坂田さんは「現地の農家民宿を見たい」等、というご希望がはっきりとあり、その指針に沿って自分でプランを考えて現場にどんどん視察に行かれていました。
インターネットでも会いたい人を探しては直接話をしに行くということを繰り返し、その中で岩国市の方との縁があって今の場所に決まりました。
 

事務局

そんな坂田さんについて、受け入れる地元の方はどう感じられていましたか?
 

平尾さん

積極的な姿勢は大歓迎です。
希望先の方とお話をされると地域の方は最初は大抵「移住はやめた方が良い」とおっしゃると思います。
ですがそれは100%の本音という訳ではなく、ある意味試しているような部分があるんです。
ネガティブな部分を伝えても、それでも乗り越えてくる気持ちがあるならどうぞ飛び込んで来てくださいと思っていますので、皆さんぜひ足を運んでください!

坂田さんは移住前に山口県の行政、地域の方など色んなジャンルの知り合いを増やしてから行かれたのですが、これは本当に素晴らしいことです。
移住して、地域の人に認められて、実際に農地を借りる話をできるようになるまでには1年や2年かかることが通常です。
ですが坂田さんは礼儀正しく手土産を持って集まりに足繁く通い、地元の方と縁を作り、移住する頃には既に関係性ができていました。
ただ、林業のところだけは未経験のままドーンと現場に飛び込まれましたよね?
かなりご苦労されたのではないですか?
 

坂田さん

私は本格的な研修を受けずに、素人のまま森林組合に就職して現場に入ったのでかなりキツかったです。
朝6:00前に家を出て事業所から車で山に着くまでに1時間、遠い現場ではそこからさらに機材や弁当などを担いで1時間山を登ったところにやっと作業をする山林があって、そこから過酷な肉体労働が始まります。肉体的には本当に大変で、70キロあった体重が62キロに減りました。
知識や技術の面でも、丁寧に教えるという訳ではなく見て覚えるという世界で、教育や与えられる装備も十分とは言えずとても苦労しました。
 

事務局

農業とはまた違った大変さがあって、過酷そうですね…。
林業以外の農業や民宿のプランはどう進められたのでしょうか。
 

坂田さん

全体の計画は、サラリーマン時代にやってきたのと同じ要領で進めました。
大きな戦略のもとに、ミッション、ビジョンを立て、それを達成するためのゴールを設定し、アクションリストを作り、ガントチャートを引くというやり方ですね。
AICに、先生と数人の受講生でグループを作り事業計画を作りブラッシュアップをしていくゼミナールがあるのですが、そこで頂いた先生からの指導や仲間との議論等がかなり役に立ちました。
基本的にはゼミで作った事業計画を元に行動し、今回のコロナなどの想定外の事態が発生した時には適宜状況に対処しながら進めています。
 

事務局

移住・就農に関しては、具体的に何から取りかかられたのでしょうか?
 

坂田さん

まずは移住先を、いくつか気になる所があったのでそれぞれ実際に見に行き、色々旅をして回る中でこの和楽の里という農家民宿をやっている85歳の方と知り合いました。非常に気に入ってくれて、地方創生、農業、林業をやりたいならここを継ぐのはどうか言って頂いたことが、ここに住む最初のきっかけになりました。

中山間地域で社会課題に取り組みたいと考えていた私にとって、ここの素晴らしい風景、立地、民宿の存在などはかなり理想的で二つ返事でやりますと言いたかったのですが、そこで生業として成立するのか、自分が考えている社会課題の解決に取り組めるのか、など色々と検討したいことがあったので、それぞれの課題について1年半かけて考えました。

東京に住んだまま飛行機等で通って、実際にわさびを育ててみて栽培できることを確認したり、年収が落ちた後の収入と支出のシミュレーションをしたりして、これなら何とか成立しそうだと思えるようになったタイミングで移住の決断をしました。
検討し動きだしてから実際に移住するまで、全体としては2年かかっています。

 

美しい山葵(ワサビ)
 

事務局

ここは元々わさびの産地だったのでしょうか?
 

坂田さん

いえ、わさびは近所では誰もやっていませんでした。
ただここは標高300mという高く涼しいところにあって近くに谷川や杉林もあるというわさびに適した条件がたまたま揃っているので、できるのではないかと思ったのです。
栽培するにあたっては地元の篤農家さんの意見を聞きながら進めていきました。

もともと栽培されていた土地のものとしては自然薯があります。
山口県には自然薯の栽培で有名な政田自然農園さん等歴史があり、わさびに同じく自然薯も篤農家さんに教えて頂いて育てています。

山の中でできる自然薯、わさび、湧き水でつくった米、これを混ぜ合わせたわさびとろろ丼を農家民宿に来て頂くお客様に食べて頂きたいと思っています。
山々が連なるこの景色を見ながら食べるごはんは、最高に美味しいですよ。
この辺りは温泉も地酒もあって、夜は満天の星空が広がり、都会では得られない贅沢ができる場所です。
ぜひ遊びにいらしてください。

 

地元の食材たっぷりの民宿の食事
 

事務局

素敵ですね。私も伺うのが楽しみです!
困難もありながらも、ここまでは順調に前進されていらっしゃるようで、私たちも嬉しいです。
 

坂田さん

いや、数年後やっぱりうまくいかなかったといって東京に戻ってまたサラリーマンをしているかもしれませんよ(笑)
現時点では自分の計画の中の10%くらいしか実現できていないので、今後どうなっていくかはまだまだ未知数です。

私は、百姓ならぬ「百の商売」と書いて百商を生業にしていきたいと考えていて、農業だけではなく民宿、ECでの販売、林業、ネイチャーガイド、移住希望者の窓口など、色々なことをやりたいと思っています。

また、全国の中山間地域同士で繋がって特産品を交換したり、顧客に、繋がりのある中山間地域を紹介し合う等できたらおもしろいなとも考えています。
そのコミュニティが最終的には首都圏と繋がって、首都圏から人が来てくれれば地方創生になるとも思うので、そういう繋がりは作りたいです。

やりたいことは本当にまだまだ沢山あるので、がんばっていかなきゃならんですね。

 

民宿から美しい雲海を臨む

 


坂田修作さん

大阪市出身。大手石油企業に研究者として就職、研究から事業に携わり、米国子会社社長、グローバル事業G M等を経験しながら、グローバルなライフサイエンス系新規事業に31年間従事、ポストオフ後2年間内部統制を経験、昨年57歳で早期退職、山口県岩国市の山林に囲まれた農林業体験民宿「和樂の里」を承継すべく、地元森林組合で林業の修行中。2020年度より本格的に中山間地域でのわさび栽培などを開始予定。

少子高齢化等により荒廃する中山間地域は、気候の激甚化などと相まって災害のトリガーになり、日本古来の豊かな里山資源が失われようとしている。80歳まで生きられるとしたら、残りの人生は自然豊かな中山間地域で自然資本を有効活用するビジネスに携わりたいと考えました。現在は、森林組合に勤めながら、中山間地域で栽培可能な特産品を中量中品目栽培し、農林業体験民宿や林業などとの複業的ビジネス=百商業を立ち上げるべく準備しています。

里山民宿 和樂の里
https://warakunosato.net

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